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治療プログラムの強制受講を考える

刑務所で何年か過ごし、出所した。でも、また同じ罪を犯してしまう人がいる。覚醒剤、性犯罪、万引き、暴力――同じパターンを繰り返してしまう。なぜなのだろう。

刑務所で何年か過ごし、出所した。でも、また同じ罪を犯してしまう人がいる。覚醒剤、性犯罪、万引き、暴力――同じパターンを繰り返してしまう。なぜなのだろう。

もしかすると、答えは『閉じ込めるだけでは何も変わらない』ということかもしれない。罪を犯した人の内側にある、認知のゆがみ、依存、衝動――そこに直接働きかけるプログラムを受けてもらわない限り、また同じことが起きる。

日本でも刑務所の中ではすでに行われている。問題は、出所後にどうするか。「治療プログラムの受講を、もっと広く義務化すべきか」というのが、ここでの問いである。

治療プログラムの強制受講とは?

罪を犯した人に対し、再犯の原因となる心理的・行動的な問題への治療的アプローチを、刑罰または保護観察の条件として義務付ける制度である。

主なプログラムの種類

  • 性犯罪者処遇プログラム:認知行動療法を中心に、性的逸脱嗜癖の修正、共感性の向上を図る。日本のR3プログラムが代表例。
  • 薬物依存離脱プログラム:覚醒剤、大麻などへの依存からの回復を支援。SMARRPなど。
  • アルコール依存プログラム:断酒会、再発防止訓練。
  • DV加害者更生プログラム:暴力の認知のゆがみを修正し、健全な人間関係を学ぶ。
  • アンガーマネジメント:衝動的な暴力を抑えるテクニックを学ぶ。
  • 窃盗症(クレプトマニア)治療:強迫的に万引きを繰り返してしまう疾患への治療的アプローチ。

『強制』にも段階がある

『強制受講』といっても、その程度はさまざまである。刑務所内で必須とする方式、仮釈放や執行猶予の条件として課す方式、裁判所の命令として独立に課す方式(=ドラッグコート型)など。どこまで義務化するかは、制度設計上の重要な分かれ目になる。

世界ではどう運用されているか

アメリカ:ドラッグコート(薬物裁判所)

1989年、フロリダ州マイアミで生まれた仕組み。薬物事犯者を通常の刑事手続きから切り離し、裁判官の監督下で治療プログラムを最後まで受講させる。修了すれば、起訴猶予や前科の抹消といったメリットが与えられる。再犯率が下がったというデータが蓄積され、全米で3,000以上のドラッグコートに広がった。日本にはまだない仕組みである。

アメリカ:メンタルヘルスコート

精神疾患を抱える被告人を、刑罰ではなく医療につなぐ特別裁判所。1997年フロリダ州ブロワード郡で始まり、全米に広がった。

イギリス・カナダ・オーストラリア

判決の一環として、薬物治療命令、アルコール治療命令、性犯罪者治療命令などを裁判所が下す仕組みがある。

ドイツ・韓国

保安監督処分や保護観察期間中の認知行動療法受講を義務付ける制度を持つ。

なぜ導入すべきだといわれるのか(賛成派の声)

1. 「データが示す:再犯が確実に減る」

認知行動療法を受講した者の再犯率は、未受講者と比べて10〜30%下がるとの研究報告がある(法務省総合研究所などの調査による)。長期的には、犯罪減少と社会的コスト削減につながる。

2. 「閉じ込めるだけでは何も変わらない」

刑務所で年数を過ごすだけでは、出所後にまた同じ問題を抱えたままになる。プログラムを通じて、なぜ自分は同じ罪を繰り返すのかを理解することが、根本的な変化につながる。

3. 「被害者を守ることにつながる」

とりわけDV、性犯罪、ストーキングのような『人間関係の中で繰り返される犯罪』では、加害者の認知・行動が変わらないと、被害者の安全は保てない。プログラムは、加害者だけでなく被害者を守るためにある。

4. 「依存症は『病気』である」

薬物、アルコール、ギャンブルなどへの依存は、医学的には病気である。罰では治らない。医療と治療のアプローチが必要である。

5. 「実は安上がりである」

プログラムを受講させる費用は、刑事施設に収容し続ける費用と比べてずっと安い。再犯による社会的損失まで含めれば、長期的なコスト効率は明らかに良い、とされる。

なぜ導入されないのか(反対派の声)

1. 「治療は『やりたい』気持ちがないと効かない」

心理療法でも依存症治療でも、本人の動機づけがなければ効果が乏しいとされる。強制すると『形だけ受講』になり、実質的な変化は起きない、と専門家は警告する。

2. 「治療を受けるかどうかは、本人の自由のはず」

医療を受けるかどうかは、本来、個人の自己決定に委ねられる。刑罰の一環として強制することは、医療倫理の原則と相容れない、との指摘がある。

3. 「効果が証明されていないプログラムもある」

すべてのプログラムが、効果のエビデンスを持っているわけではない。検証が不十分なまま義務化することは、税金の使い方として問題があるとされる。

4. 「加害者中心になりすぎないか」

『治療』を強調しすぎると、『被害者の苦しみが置き去りにされる』との感覚を生む。被害者・遺族の処罰感情と乖離するおそれがある。

5. 「専門人材がそもそも足りない」

認知行動療法の専門家、依存症治療の医療者は、いまの日本でも全国的に不足している。義務化しても、受け皿が追いつかない。

日本の現状

日本でも、刑事施設と保護観察期間中には、すでに次のようなプログラムが行われている。

刑事施設での『特別改善指導』(2006年〜)

  • R1:薬物依存離脱指導
  • R2:暴力団離脱指導
  • R3:性犯罪者処遇プログラム
  • R4:被害者の視点を取り入れた教育
  • R5:交通安全指導
  • R6:就労支援指導

保護観察での『特別遵守事項』

  • 薬物再乱用防止プログラム
  • 性犯罪者処遇プログラム(地域協働型)
  • 暴力防止プログラム

ただし、執行猶予のみで保護観察がつかない人については、出所後の任意更生プログラム以外、治療プログラムを強制する仕組みがない。ここが日本の制度的な穴とされる。

日本の近年の動向

  • 2019年:再犯防止推進計画に基づき、R3プログラムを全面改訂。出所後の地域協働プログラムも拡充。
  • 2020年:覚醒剤事犯者再乱用防止プログラム(SMARPP)が保護観察所で本格運用開始。
  • 2022年:刑法改正で拘禁刑導入(2025年6月施行)。個別処遇計画の法的根拠が明確化された。
  • 2024年:DV防止法の改正でDV加害者更生プログラムの位置づけが議論される。

日本では総じて、刑罰と治療の境界を慎重に扱いながら、強制の度合いを段階的に高める方向で議論が進んでいるとされる。

海外での採用動向

治療プログラムの強制受講は、先進国を中心に幅広く採用されている。

  • アメリカ:ドラッグコート、メンタルヘルスコート、性犯罪者治療プログラム義務化
  • イギリス:治療命令、性犯罪者治療プログラム
  • ドイツ:保安監督処分での治療義務
  • 北欧:刑事施設での治療を重視、出所後は地域医療へつなぐ仕組みが強い
  • 韓国:性犯罪者治療監護法に基づく治療義務

国際的には、刑罰と治療を組み合わせる『処遇的司法(therapeutic jurisprudence)』が広がっているとされる。

歴史をたどってみる

戦後:更生という発想の登場

第二次世界大戦後、刑罰の目的に『応報』だけでなく『更生』が加わった。これに伴い、刑務所での教育、職業訓練、カウンセリングが拡充された。

1980年代:認知行動療法の導入

犯罪心理学・臨床心理学が発展し、認知行動療法(CBT)が犯罪者処遇に持ち込まれた。とりわけ性犯罪者・薬物依存者への有効性が示され、各国で標準的な手法となった。

1990年代:特別裁判所モデル

アメリカでドラッグコート、メンタルヘルスコート、DVコート、退役軍人コートなどの特別裁判所が次々と作られた。『治療的司法』の世界的潮流が形成された時期である。

2000年代以降:エビデンスベース

What Worksムーブメント(=効果が実証されたプログラムだけを採用する)が国際的潮流となった。日本のR3プログラム改訂もこの流れの中にある。

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