事件概要

2017年6月5日午後9時35分ごろ、神奈川県の東名高速道路下り線・大井松田IC付近で、I.K被告(当時25歳)が運転する乗用車が、追い越し車線で別の乗用車をあおり、停止を強要した。その直後、後続の大型トラックが停止していた被害車両に追突し、被害車両に乗っていた夫婦(夫45歳、妻39歳)が死亡。夫婦の娘2人も負傷した。

報道によれば、被告は被害車両の運転手にパーキングエリアで「邪魔だ」と注意されたことに腹を立て、約1.4キロにわたって進路妨害を繰り返したあげく、高速道路の追い越し車線で被害車両を強制停止させたとされる。停止直後の追突によって夫婦が亡くなったため、「あおり運転」が死亡事故と直接結びついた象徴的な事件として、社会的反響が極めて大きかった。

争点となったのは、自動車運転死傷行為処罰法第2条「危険運転致死傷罪」の要件である「走行中の車両」が、停止を強要した場合(=停止させた状態)にも当てはまるのか、という点である。

判決

本件は判決が紆余曲折をたどった。順を追って整理する。

(1) 第一審:2018年12月14日 横浜地方裁判所(裁判員裁判)

・裁判長:深沢茂之

・判決:懲役18年(求刑:懲役23年)

・危険運転致死傷罪、暴行罪等の併合

(2) 控訴審:2019年12月6日 東京高等裁判所

・「停止後の追突は危険運転致死傷罪の『走行中』要件を満たさない」として、一審判決を破棄し、横浜地裁に差し戻した。

(3) 差戻し審:2022年6月6日 横浜地方裁判所(裁判員裁判)

・裁判長:渡邊英敬

・判決:懲役18年(再び)

・停止直前の進路妨害行為自体が「走行中の危険運転」にあたるとして、危険運転致死傷罪を改めて適用したと報道された。

(4) 上告審:2024年(要確認 - 最高裁が上告を退け確定)

差戻し後の判決理由では、「停止強要に至る過程の進路妨害行為が、走行中のほかの車を著しく危険な状態に陥らせるもので、その結果として死亡事故を引き起こした」と認定されたとされる。あおり運転の悪質さ、社会的影響、被害者家族の心情を、裁判所は重く受け止めたという。

検察側の主張

「被告の進路妨害行為は、走行中の被害車両を著しく危険な状態に陥らせる『危険運転』そのものであり、その結果として夫婦の死亡を招いた以上、危険運転致死傷罪は成立する。被告に反省も乏しく、被害結果の重大さを踏まえて長期実刑が相当」と主張したとされる。

弁護側の主張

「被害車両は事故時に停止しており、被告の進路妨害行為と死亡結果との間に法律上の因果関係はない。仮にあるとしても、被告の行為は危険運転致死傷罪の『走行中』要件を満たさず、過失運転致死傷罪、または傷害致死罪にとどまる」と主張したと報道された。控訴審ではこの主張が一度受け入れられた。

裁判員の声

差戻し審判決後の記者会見では、裁判員から「あおり運転の社会的影響を強く意識した」「被害家族の心情と、罪刑法定主義のバランスに悩んだ」といった発言があったと報じられた。

被害者の声

亡くなった夫婦の遺族は、判決後も「あおり運転をなくそう」と訴え続け、社会的に大きな共感を呼んだ。本件をきっかけに2020年6月、道路交通法が改正され「妨害運転罪」が新設されたとされる。

量刑の相場

危険運転致死傷罪(自動車運転死傷行為処罰法第2条)の法定刑は、死亡結果がある場合「1年以上の有期懲役」。同法第3条(準危険運転致死傷)は「15年以下の懲役」である。

量刑を決める際に見るのは、死傷者の数、危険運転態様の悪質さ、遺族への賠償・謝罪、前科の有無、反省の有無、同種行為への抑止効果などとされる。

あおり運転による死亡事件の判例では、本件以降、危険運転致死傷罪が積極的に適用される傾向があり、懲役10年から20年の幅で判決が分布しているという。

同種事件の判決

2018年、大阪府堺市のあおり運転死亡事故では、進路妨害により後続バイク運転手を死亡させた被告に、危険運転致死罪で懲役16年の判決が出されたと報道された。

2020年、常磐道あおり運転事件(暴行罪等)では、被告に懲役2年6か月(執行猶予なし)。

諸外国の事例

・アメリカ:road rageは多くの州で重大な暴行罪・殺人罪として処罰される。死亡結果がある場合、二級殺人(second-degree murder)で15年から終身刑

・イギリス:危険運転致死罪(causing death by dangerous driving)は2022年の法改正で、最高刑が終身刑に引き上げられた。

・ドイツ:刑法第315c条「危険な道路交通介入罪」は、加重事由ありで5年以下の自由刑。死亡結果があれば過失致死罪と併合され、より長期の刑も。

・フランス:重過失致死罪(homicide involontaire aggravé)は最大10年の禁錮。

・オーストラリア:危険運転致死罪は州ごとに異なるが、ニュー・サウス・ウェールズ州では最大25年の禁錮。

日本の懲役18年は、各国比較でも厳しい部類に入るが、被害者2名死亡という結果の重大性、社会的影響の大きさを反映した量刑とされる。

併科措置に関する論点

あおり運転の事件では、運転免許の取消・長期再取得制限、妨害運転罪による加重処罰、ドライブレコーダー普及促進、通信機能を使った運転状況のモニタリング、民事賠償の確実な履行などが議論されている。

参考リンク

・NHK NEWS WEB「東名あおり運転事件 差戻し審で懲役18年判決」(2022年6月)

・朝日新聞デジタル 東名あおり事件 一連の報道(2017〜2024年)

・毎日新聞 東名あおり運転事件関連報道

・読売新聞 東名あおり事件報道(差戻し審等)

・産経新聞 東名あおり事件報道

法改正動向

本件をきっかけに、2020年6月、道路交通法改正により「妨害運転罪」(あおり運転罪)が新設された。違反者には最大5年の懲役または100万円以下の罰金、免許取消(欠格期間最大3年)。さらに高速道路上で他車を停車させる行為は、より重い処罰の対象とされる。